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「死に戻り」はスバルを現実世界に戻ろうとしない不気味な人間に変えてしまった リゼロ考察

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

先日、アニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」の最終回をみました。レムって、誰のこと?

個人的なピークは18話「ゼロから」に至るまで。絶望に落ちていく過程が面白いのであって、ハッピーエンドに向かっていく話はどうでもよくないですか。

前期エンディング、後期エンディングのテーマソングが良くて、Myth&ROIDの「 STYX HELIX 」「 Paradisus-Paradoxum 」がダークで気に入ったので買いました。

さて今回の本題は、アニメではなく、ウェブ小説版リゼロの考察です。主に4章の内容を踏まえるので、ネタバレは覚悟を。

 

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スバルの努力は「死に戻り」のせいで大したことなく見える

まず初めに断っておくと、僕はリゼロが結構好きです。その上で、「たとえハッピーに物語が進んでいたとしても、それってまやかしなんじゃないの?」という疑問をぶつけたい。

 

主人公ナツキスバルの「死に戻り」は、リゼロの物語を特徴付ける能力です。死を経験すると、時空間上の特定のポイントに戻され、物語を繰り返す。いわゆるループもの。

セーブポイントが更新される条件は、今のところ不明です。ストーリーが良い方向に進みひと段落されると更新される傾向があります。

セーブポイント更新条件が不明であることは、物語を進めるにあたって都合が良い。死の1秒前にセーブポイントが設定されるといった、どうしようもない「詰み」が起こらなくなっています。

 

この設定で、あれ? と思うのです。「死に戻り」はナツキスバルを助けていないか?と。

もちろん、「死に戻り」について口外すると心臓を握りつぶされるような激痛と恐怖に襲われるという罰則はあります。一方で、「死に戻り」はリスタートの権利をナツキスバルに与えます。しかも、その権利はスバルが選び取ったものではなく、あらかじめ異世界に来た時点で何かしらの理由で与えられたもの

だとしたら、1章でフェルトを守ったり、2章でレムの心を救ったり、3章で白鯨を討伐したりしたのは、ナツキスバルの功績なのか? と疑問に思う。彼は確かに策を練って人を頼って状況を攻略していくけれども、それ以上に、「死に戻り」の方が貢献していないか

だから、章末でスバルがハッピーになった瞬間は、「苦しみから抜け出せてよかったね」とは思えど、「スバルすげえ!」とはイマイチ思えないんですよね。「魔女やべえ」という思いの方が強い。

 

「死に戻り」の能力を与えたのは「嫉妬の魔女」あるいはサテラと思われるので、彼女の目的を果たすために都合よくセーブポイントが更新されるのでしょう。このへんは、今後の小説の展開が楽しみですね。

 

現実世界に戻ろうとしない不気味な人間となったスバル

何の積み重ねをしてこなかった人生で、大切な人を守れる力を持っていなかったとしても、愛してくれる人の期待にこたえて、一から、いやゼロからスタートする。

第三章52 『ゼロから』を最初に読んだときは、この小説に出会えて良かったなと思いました。もう正直物語終わりにしてしまっていいんじゃないかと思うくらい。

ナツキ・スバルは、戦ってもいいのだろうか。

――運命と戦うことを、諦めなくてもいいのか。

「空っぽで、なにもなくて、そんな自分が許せないなら――今、ここから始めましょう」

「なに、を……」

「レムの止まっていた時間をスバルくんが動かしてくれたみたいに、スバルくんが止まっていると思っていた時間を、今、動かすんです」

なにもしてこなかった過去を、なにもできなかったこれまでの日々を、無為に過ごしてきたそれらの時間を悔やみ、恥じ、諦めに変えようとしていた。
そのスバルにレムは微笑み、

「ここから、始めましょう。一から……いいえ、ゼロから!」

引用:第三章52 『ゼロから』

 

でも、4章を読んでこのシーンに対する考え方が変わりました。

ナツキスバルが、元いた世界にもはや戻れない(戻ろうとしない)人間になってしまっていることの不気味さに震えました。

強欲の魔女エキドナからの第一の試験で、スバル(とエミリア)はマイナスの過去を清算できるかどうか試されます。スバルは、父親に泣きつきます。

 

「ごめんなざいぃ……俺、俺ぇ……もう、二人に……ごめ、ごめんな、さい……」

――気付いていた。

心のどこかで、スバルはとっくの昔に気付いていた。

招かれた異世界で日の光を浴び、その眩しさに目を細めたあの瞬間から、まるでそうであると啓示されたようにスバルは知っていた。

――きっともう、自分は元の世界に戻ることはできない。

こうして父に己の心を伝えて、その胸の内に溜め込んでいた暗い感情を告白して、それでもなお許しを得てしまって、歩き出す覚悟を支えてもらって、それだけのことをしてもらって、そうできるぐらいまで育ててもらって。

「それなのに、俺……なにも、返せないまま……きっと、もう会えない……ごめん。ごめ、ごめん。……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

参考:第四章18 『親子』

いや、泣きつくシーンは良いんですよ。乗り越えられなかった父の背中、失敗した高校デビューを受け入れるのも良い。

でも、さも当たり前かのように、「啓示されたかのように」現実世界に戻れないことを受け入れている。これが気持ち悪くて仕方ないです。

もしその感覚がなければ、これが両親との一生の別れになるかもしれないわけですから、試験から戻った後に、「なぜ両親の元に戻れないのか」と泣いておかしくない。しかし、一貫してスバルは「現実に戻りたい」というそぶりを見せないんですよね。

異世界のファンタジーが楽しく、大切な人に出会ったとはいえ、スバルにとって現実世界は「絶対に戻りたくない場所」ではないはず

多少マイナスに捉えていた節がありましたが、それでも両親と猛烈に不仲だったわけでもなかった。にもかかわらず、試験という夢が消えて、その後に郷愁の念にとらわれて発狂することもない。これはもはや病的です。

 

このシーンを読んで、異世界に突入してからのスバルの思考をすべて信用できなくなってしまいました。

異世界の能力がスバルの精神に介入して、「現実世界への思いを忘れさせる」「エミリアを愛するようになる」ようになっているのかとも考えますが、それは物語にしては強制力が強すぎる。

僕はこれを、「死に戻り」の能力がスバルの精神をゆがめてしまったせいだと考えました。

スバルは、ループを繰り返す中で、精神を病んでしまうこともあります(3章とか)。死なない人生、いや、死を何度も経験させられる人生のプレッシャーは吐き気のするもの。しかも、初期の周回では殺そうとしてくるレムが、うまくやると愛人になるという人格の理不尽な多面性を同時に見せられる。

強盗に人質にされて命の危険にされていた人が、犯人に協力的な態度を見せたという「ストックホルム症候群」がありますが、あれに近いなと。人って、命の危険に直に晒されると、考え方が簡単に変わってしまうんですよね。スバルは、魔女の人質になっていて、「異世界にいるのが当たり前」と思っているけれど、それは心臓を掴まれている恐怖からそう考えるようになってしまったのではないか。

 

現に、スバルはエミリアのことを、異世界に入って最初に「命を救ってくれた」ことから好きになっているんですよね。

「俺は君のために、君が恐れるんならそれをやる。ロズワールなんかは、『聖域』の解放はエミリアたんがやってのけて、エミリアたん自身の手柄にしなきゃとか言うかもしれないけど……俺の行動の結果、それが賞賛されることなら全部それは君に捧げる。俺の手元にはなにも残らなくて構わない」

「どうしてそこまで……してくれて……」

「言ってるじゃんか。俺が君を好きだから、超好きだからだよ」

引用:第四章21 『決意新たに』

スバルにとっての愛とは何なのでしょうか。決意とは何なのでしょうか。彼は正気と言えるのでしょうか。死んだあとのリスタートは、いつだって異世界に突入したあとから始まります。

 

うつくしきこのせかいを、目にした刹那の瞬間より

わたしは、きっと新たに生まれ変わったのだ。

(中略)

かつてのその名も 自分の居場所も 何より尊いわが友人でさえも。

その全ての価値より、たいせつなものをいま、私は知ってしまったから

引用:凋叶棕 「The beautiful world」

 

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。