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ゴルギアス・ソクラテスの対話に学ぶ、哲学的問答・議論の基本的な態度とは?

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

古代ギリシャの哲学者プラトンの著書「ゴルギアス」を読んでいます。ゴルギアスはソクラテスと対話を広げる人物で、本の副題は「弁論術について」です。内容の要約は、WIkipediaにかなり詳しく載っています。(参考:ゴルギアス (対話篇) – Wikipedia

内容も良いのですが、この本は対話(哲学的問答)・議論・ディベートにおける基礎的な態度がよくあらわれているので、勉強になります。そのうちの4つをまとめてみますね。

 

ゴルギアス (岩波文庫)

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質問と回答を交互に続け、質問にはできるだけ短く答える

ソクラテス ところで、どうでしょうか、ゴルギアス。いまわたしたちが話し合っているようなふうに、一方は質問し、他方は答えるというやり方を、これから先もつづけてもらえるでしょうか。そして、ポロスもやりかけていたような、あのひとりで長い話をすることのほうは、また次の機会に延ばしていただく、ということも……。いや、それはもう約束ずみのことだといってよいですから、その約束にそむかないで、質問には短く答えることにきめてください。

ゴルギアス 答のうちには、ソクラテス、長い言葉を使わなければならない場合も、あるのだよ。しかしまあ、できるだけ短い言葉で、答えるようにしてみよう。というのも実は、そのことだってまた、わたしの主張していることの一つなのだから。つまり、同じことを言うのに、わたしより短い言葉で言える者は、だれ一人あるまいということもね。

引用:ゴルギアス pp.18-19

会話はキャッチボールであると言われるように、一方が質問を投げ、もう一方がそれに答えるというスタイル。

会話がヒートアップすると、ひとりで長い話をしがち。でも、それは対話ではありません。一方的に主張を伝えるのではなく、相手と問答をしながら主張を確かめていくのが対話ですね

 

議論に勝つ・人格攻撃をするために反駁しないと意思表示する

ソクラテス そこでわたしが恐れるのは、あなたを反駁することで、わたしが事柄そのものを目ざして、それが明白になることを狙っているのではなく、あなたという人を目標にして、議論に勝ちたいばかりにそう言ってるのだと、こうあなたが受けとられるのではないかということです。

引用:ゴルギアス p.47

議論においては、正しくない主張は正しくないと伝える必要があります。そうでなければ、間違っていることを見逃してしまいますから。

ところが、反論・反駁というのは相手を攻撃しているように聞こえてしまうこともありますよね。議論に勝つために相手を人格攻撃するという手段は、子供が取ることがありますが、そういう議論は時間の無駄です。反駁は、その対話の内容に向けられていて、相手の人格には向けられていませんよという確認は時に大事ですね。

 

間違っていることであれば、喜んで反駁を受け入れる

ソクラテス ところで、そういうわたしとは、どんな人間であるかといえば、もしわたしの言っていることに何か間違いでもあれば、こころよく反駁を受けるし、他方また、ひとの言っていることに何か本当でない点があれば、よろこんで反駁するような、とは言っても、反駁を受けることが、反駁することに比べて、少しも不愉快にはならないような、そういう人間なのです。なぜなら、反駁を受けることのほうが、より大きな善であるとわたしは考えているからです。それは、自分自身が最大の害悪から解放されるほうが、他の人をそれから解放するよりも、より善いことであるのとちょうど同じ程度に、そうだからです。というのは、いまちょうどわたしたちが論じ合っている事柄について間違った考えをもつことほど、人間に取って大きな害悪になることは、何もないと思うからです。

引用:ゴルギアス p.48

これはソクラテスに見られる思想ですが、誤っている考え方を持っていながらそれを直せないことを、人間にとって大きな害悪と考えています。ここでいう害悪というのもやや特殊な意味で、邪悪であるという意味合いよりは、役に立たない、悪さをするというもの。

反駁を受けることで、より大きな善(役に立つ)を手に入れることができる。だから、本当でないことはよろこんで反駁を受けたいと。

ソクラテスほどに徹底的に反駁を受け入れられるかはともかく、対話の中で真実を目指すため、いつでも自分の主張の間違いを受け入れる用意はしておきたいですね。

 

相手を心配し、遠慮せず本当のことを言う

ソクラテス というのは、魂が正しい生活を送っているか否かを、十分に吟味しようとするなら、ひとは三つのものを──つまり、知識と、好意と、そして率直さとを、具えていなければならないと、ぼくは思うのだが、君(カリクレス)はそれらを三つとも、全部具えているからなのだ。すなわち、ぼくは数多くの人たちに出会うけれども、彼らは君ほどには賢くないから、ぼくを吟味することができないのである。また、賢い人たちはほかにいることにはいるけれども、しかし彼らは、君ほどにはぼくのことを心配してくれないから、ぼくに対して本当のことを言おうとしてくれないのだ。さらにまた、ここに見えている外国からの客人、ゴルギアスさんとポロスとは、賢い人ではあるし、ぼくに対しては好意をもってくれるのだけど、どちらかといえば率直さがたりなく、必要以上に遠慮をしているのだ。だって、どうしてそうでないことがあるものか。とにかく、このご両人の遠慮深さといったら、その遠慮のために、お二人のどちらも、大勢の人たちの前で、自分で自分に矛盾するようなことまで、あえて言うようになってしまわれたほどだからね。それも、一番重大な事柄に関してなのだよ。

引用:ゴルギアス p.145

「君ほどにはぼくのことを心配してくれないから、ぼくに対して本当のことを言おうとしてくれないのだ」という言葉には震えました。

人って、相手や周囲の人に遠慮して、自分が思っている本当のことを言いづらくなってしまうことがあります。悪気がなくても、ことを荒立てず、そのためにちょっとしたごまかしをしてしまう。たとえ賢い人でも、そうしてしまうことがある。

でも、それは相手のことを心配していないのだ、というんですね。さらに、心配(好意)だけでは足りず、率直さも必要だと指摘しています。

率直に話すことは難しいです。普段から率直に話している人にとってはとても簡単なことなのですが、普段からそうでない人にとっては難しい。でも、率直さは先天的なものだとは思いません。対話の場数をこなし、素直に話そうと練習する中で、身につけられる能力だと思います。

 

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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