ネットメディアの健全さ・信頼性とは?

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ウェブサービスを利用する人は,自覚していなくてもニュースを伝える媒体となっている.

その媒体の多くは,現時点では,刺激があるかどうかといった基準や,ページビュー数の多さを評価して伝達を行うが,果たしてそれだけで良いのだろうか.

情報の信頼性や,報道の倫理といったものを今のネットメディアはもたらせているのか.

そういった話を,ある一つのニュースに対するネットでの評判を比較したりしてから,考えようと思う.

 

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タイトルの付け方によって憤るかどうかが変わる

日が暮れつつある,蝉の鳴く夏の夕方.

実家に帰り,家で家族と食事と話をしながら,テレビでNHKニュースを流していた.そこで目に留まったのが,このトピックだ.

「館林市が設置した温度計 気象台に届けず 」 NHK NEWSWEB

これを見て,私は,駅前に温度計の必要性を感じた館林市がそれを提供したが,市の職員には温度計に申請が必要という認識がなく,それが気象庁の目に留まって指摘された,という理解をした.

ニュースの焦点となっている無届であることよりも,市が熱中症を予防するための活動を行ったことに感銘を受けた.

また,行政が温度計の設置をすることは気象庁側から想定できることのはずなのに,届け出の必要性が認識されていないという,伝達の不完全さが官庁と行政の間にあることが読み取れる.

館林市は,気象庁の観測でも高い気温を記録している市だ.

「今夏の全国最高39・5度…群馬・館林で記録」 / 読売ONLINE 社会

ニュースが終わって,少し時間が開いた時に,iPhone から Twitter を見ていたら,ちょうど同じニュースについての,ライブドアニュースの公式アカウントのリツイートが回ってきていた.そして,その内容に違和感を覚えた.

ライブドアニュース( @livedoornews )のツイート

”【グンマー】”,”「40度超」”,”市民からは疑問の声が”といった表現が,温度計が不正な表示をしていたように受け取ってしまう人がでるのではないかと思える.

実際は,NHKニュースによると,”この温度計は、気象庁の観測データよりも高い温度を記録することもありましたが、気象庁によりますと、温度計自体は検定機関の検定に合格しているため、温度の表示に問題はないということです。”ということで,気象庁によると不正な表示がなかったことがわかっている.

誤解を招きそうな表現が気になって,同ニュースについて言及しているネット上の文章を少し探したりした.Twitter や NAVERまとめ にも誤ってはいない認識をしている人もいれば誤った認識をしているように見える人が見つかったが,2ちゃんねるはそれが見やすかった.

【社会】たびたび40度を超える群馬県館林市の温度計、気象庁に無届けで設置されていた / 2ちゃんねる ニュース速報+ 

”>>1 途中までしか引用しないならそう明記しろボケカス ”という指摘が入っている.スレ立て時点で適切な情報提供がなされていない.

スレでは,”下が芝生じゃなくてコンクリなんだっけ?”,”気象庁発表の気温でも何でもなかったと言う事か ”といった普通の考察が見られる一方で,”ズル林”,”偽装データで町おこし”,”暑さ自慢で人が集まるわけ無いだろボケ。 ”と言った先入観,前情報に基づいた発言も見られる.

 

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一人ひとりがメディアになっている

テレビや新聞など異なり,ネットで二次的に起こる報道では,報道のために適した形で広がっていくことが保証されないのだということが実感できる.

ライブドアニュースのツイート,2ちゃんねる,そのまとめサイトなどは,報道の一部を担っているわけだが,それが誤解を起こさないことを考慮した報道になっていなくても,リツイートや引用が行われていく.

こうしてネットがあることで,報道を受け取った人がどんな認識をしたかが垣間見えるようになった.

報道機関の人でない人が報道を担うようになったからこそ,信頼性と健全性をもたらす情報提供のデザインの必要性を感じる.

情報の届け方をデザインすることができないならば,その取材,記事,報道のもつ意味は一体何なのだろうだという気分になってしまう.

誤解なく伝えるよう努めるのにしても,誤解ないよう伝わったかのフィードバックを取り入れていくべきだろうと思う.

 

例えば,報道機関のツイッターアカウントで,ネットでの話題反応をみて,誤解されていることがありそうならば,その認識は誤解ですという追加報道とか,追加の説明を行うとかいうこともできるだろう.

読者の関心に応じて報道の仕方を変えることによって,より良い報道を目指せる可能性があると思っている.

素朴な状態では,念入りに素早く取材したから良いニュースだ,わかりやすい記事を使ったから良いニュースだ,良く閲覧されている報道が良い報道だといった,判断しやすい価値判断に動いてしまう.

その状態は,デマを招きうるし,読者の真の関心といったものを覆い隠してしまうのではないかと思い,自分はその流れに違和感を覚える.

ネットという発展途上のメディアにおいても,健全な報道を目指す方向性が模索されていってほしいと思う.

その願いのために,私としては,人が理性的な判断ができるような情報デザインと,双方向のコミュニケーションが新たに役立ちうる場面と方法を考えてゆきたい.

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