「都市」という生き方はどうやってできたのか? 教養としての地理学の感想

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都市と地方という対比に、何か引っかかるものをいつも感じます。

僕が生まれた時から、ずっとその前から都市というものはありましたが、どうしてそんな構造は生まれたのでしょうか。僕が住んでいる、都市という場所は一体何なのでしょうか。

今回は、地域というものを歴史的な観点から紐解いていく、伊藤喜栄「教養としての地理学」という本を読んで考えていきます。

 

農耕によって生産性が上がったことにより、農耕をせずに生きていける権力者が発生した

面白かったのが、古代都市が発生するに至る考察です。狩猟・採集で生きていた人間が、農業をして生活をするようになった頃のお話。どうして都は発生したのでしょうか。

 

農耕という土地利用・自然利用は、土地生産性の向上と安定化を社会にもたらし、結果として地域の空間的規模は狩猟・採集の場合の地域に比べ一〇分の一ないしは五分の一程度に縮小する。

ということは、一定の地表空間の中に形成される地域の数が大幅に増加し、社会的生産力も人口も著しく増大することを意味する。

 

人間は自然からの恵みを元に生きています。農耕という技術を手に入れたことによって自然から受け取れる恵みの量が増えた結果、広い範囲を動かなくても生活していけるようになり、地球上にはたくさんの地域ができたんですね。

 

上位の権力者に対する貢祖貢納の量も増大し、上位の権力者およびその家族、そして彼らの従者とその家族は、周囲の自然環境に自らの労働を投入することなく、支配下にある地域からの貢祖貢納によって自らの生命を維持する、経済的には周囲の農耕社会に依存した寄生的な集落(共同体、コミュニティ)となる。

 

そしてこの集落(コミュニティ)はもっぱら政治的に支配した領域(貢祖貢納によって統合された地域構造)の管理と安全保障に専念することになる。いわゆる”みやこ”型集落(コミュニティ)の生成である。

 

狭い範囲で生活するようになったことから、納め物の量も増えることになり、その納め物だけで行きていけるような集落が発達した。自分たちでは農耕をしない代わりに、支配した領域の管理と安全を保証する。それが、いわゆる古代の都市国家なのだそうです。

 

農耕をせずに生きている人が居るということは、今も変わらない

納め物を集められる権力者の集落がやがて都になっていった。そうすることで、群れとして暮らしていける人間は増えていった。冒頭で述べた違和感は、そうした権力構造にあるのかもしれないと思いました。でも、権力をもっている代わりに、隣の地域からの略奪を防いだり、富の管理や流通、商取引などを整理しているとしたら、それはそれで良いのかなとも思います。大きな一つの国となって生きていくとしたら、外交、警察、銀行、市場などの機能が必要になってきますものね。

 

自給自足ではない、農耕社会に依存した暮らし。僕は実際そうした生活をしています。都市で生きるということは、そうして分かち合って生きるということを選ぶことなのでしょう。狩猟や採集、農業を全くしない仕事を一生やっていけるような時代に生きているということは、当たり前のことではなかったんですね。そんなことをしみじみと思いました。

ではまた。

 

教養としての地歴学―歴史のなかの地域
伊藤 喜栄
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