行動が伴わない気持ちは、それほど強いものではない。真剣に興味をもっていれば、きっと体が動いてしまう。

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実行しなければ、興味をもっていないに等しい

「好きである」ということと、「好きなことを楽しむために何か行動している」ことの間には大きな溝がある。

頭だけで思っている段階と、体が動いている段階の違いだ。後者には、体を突き動かすだけの気持ちの衝動がある。

ある特定の物事について、それを「好き」ということなら誰でもできるけれど、その「好き」のために何かをしている人となると、とても少ないのではないだろうか。

そして、僕は「好きだ」という気持ちで行動に移している人のことを格好良いと思う。それは、僕が行動を起こすだけの強い興味をもっていることが少ないことの裏返しなのだろう。

 

 

行動ができないのは、プランがないからではない

このブログにも、宣言してみたものの、実際に行動していないことが埋もれている。

「興味はある」と言いながらまだ行動に移していないことは、きっと心の奥底で「どうでもいい」と思っていることなのだ。

半年前、「どうか、伝わらないコミュニケーションを続けるのは、やめてくれ。ぼくが手伝うから。」という記事で、少しでも家庭内コミュニケーションが良くなることを願った。けれど、結局そのために何か自発的な行動をしたわけではない。目の前のことに取り組んでいれば、いつかそうしたことに繋がってくるだろうという程度の関心しかない。

NPO法人日本家族カウンセリング協会の研修会に出てみようかな()。

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんて、嫌だからなあ。

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