問題解決する力だけでなく、問題設定する力が大切だと思う理由

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どうも、木村(@kimu3_slime)です。

最近、問題設定する力に興味を持っています。特に、問題解決する力と対比されることが多い力です。

それはなぜ大切なのでしょうか? 結論から言うと、それがしあわせになる力の一部だからです。

いきなり言われてもピンとこないと思うので、教育・科学・心理学の3つの視点から考察してみたいと思います。

 

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課題の解き方を教える教育からの転換

問題解決力、問題発見力という言葉は、学校教育の分野で初めて聞いて、共感しました。

知識を詰め込むいわゆる「詰め込み教育」から、知識をゆとりをもって理解する「ゆとり教育」への流れは有名です。

最近では、さらに、高校・大学教育について文部科学省が改革を行おうとしています。

2. 特に、義務教育段階の取組の成果を発展させ、高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜を通じて、「知識・技能」のみならず、「知識・技能を活用して、自ら課題を発見し、その解決に向けて探究し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」(以下「思考力・判断力・表現力」という。)や主体性をもって多様な人々と協働する態度(以下「主体性・多様性・協働性」という。) などの真の学力の育成・評価に取り組むこと。

引用:高大接続改革実行プラン – 文部科学省

知識を持っているだけではダメ。

  • 知識は活用しよう。
  • 活用して課題を見つけよう。
  • 課題を解決したら、発表しよう。

このポイントが教育において注目されているのは、とても良いことだと思います。

現状の教育では、テスト問題を解決する力を持っている人はありふれていますが、それを使って新たに課題を見つけようとする力を持っている人はそう多くないなと思います。あまりそういう訓練はされていませんから、当然のことですが。

 

新しい問いを設定し続ける、プロセスとしての科学

教育以外の分野、科学においても問題を設定する力が注目されています。

「すイエんサー」などの番組を手がけるNHKの村松秀さんは、「科学技術社会論夏の学校2016」でプロセスとしての科学に注目していました。

村松さんは、「山中教授がiPS細胞を発見した」というニュースは科学なのか? と疑問を提示しています。科学とは、事実や知識の集積なのでしょうか。また、「(アートは)科学で表現する」という時に使われる科学は、技術であって科学ではないのではないかとも指摘しています。

これはまさにその通りだと思いました。科学は、たどり着いた真実の集まりであるか、ものを作るためのツールだと一般に思われがちです。実際、日本の中学・高校の理科教育では、すでに知られている知識を教えられ、それが理科だと思わされます。例え実験であっても、試行錯誤する機会は少なく、すでに知られた正解に向かって作業をこなすことになりやすいです。

そこに抜けているのは、プロセスとしての科学です。たどり着いた結果はもちろん大事ですが、そこに至るまでの道のりが同じくらい大事なのです。疑い続けること。わからないことに耐えること。結果が出ない中でもがき続けること。女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?」では、グルグル思考と表現されていますね。

引用:リアル文脈ゼミ「科学技術社会論夏の学校2016に参加して思うこと」

すべての科学研究は、答えのないことに対して答えを与えようとする活動から始まります。これは問題を設定する活動に他なりません。

誰も知らないことで、道筋が思いつかないようなことであっても、「解こう」ともがき続けること。ある問題が解けなくても、別の問題を設定して解決しようとすること。

ちなみに、「女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?」は、そういうグルグルと考え続ける思考を7つの分類に分けて紹介しています。読んでみて面白かったので、今度別の記事で紹介しようかと。

 

 

 

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思考のパターンを自ら変えて、状況を捉えなおす力

問題を設定する力は、状況を再設定・再定義する力とも言えます。

それは、思考のパターンを変える力、物事の評価の仕方を変える力とも言えるでしょう。

心理学の認知行動療法は、そういう認知の力に注目した方法です。同じ状況を経験していても、問題設定の仕方、認知の仕方で、全く違った見え方になってしまうのです。

参考:思考のパターンを変えれば、不安は和らげられる「認知行動療法」

僕が問題を設定する力に興味を持っているのは、それがしあわせを選ぶための力の一部分だと思うからです。

しあわせというものは、どんなにお金を稼いでも、どんなに能力をつけても感じられないものだったりします。根本のものの考え方、価値のつけ方、認知を変えなければ、触れようがないものです。

アドラー哲学の入門書「嫌われる勇気」では、「人は今この瞬間に幸せになれる」という話をしていますが、「具体的に何をどう変えるのか、どうすれば変われるのか」は詳しく論じていません。

参考:アドラー哲学の入門書「嫌われる勇気」を読んで、好きなことができるようになった

人から与えられた価値観ではなく、自ら価値を与えて生きる。僕はそういうことができる人を増やしたいと思っていて、そのための具体的なスキルとして問題設定する力に注目しています。

参考:意味をつける力を持つ人と、そうでない人との断絶

参考:人の主体性は、環境によって失われるものである

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

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