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論理で説明できない好きという気持ちが、物事を続ける力になる。

一生をかけてもいいくらいの、好きなことを思い浮かべてほしい。

どうしてそれが好きなのか、あなたは答えることができるだろうか。

 

ぼくにはできない。

例えば、ぼくはゲームが好きだ。

なぜ好きなのか、理由はたくさんあげることができる。

リアルタイムに判断を下すのが楽しい、最初は難しそうだったものが試行錯誤のうちに簡単になっていくのが楽しい、自分で攻略法を見つけ出していくのが楽しい。

 

そのどれか一つを取ったところで、ぼくがゲームを好きなことを説明できない。

リアルタイムに判断を下さないゲームは好きじゃないのと問われても、そういった分類のものにも好きなものはあるわけで。

 

しっかり好きなものをもっている人でも、それがなぜ好きなのかが説明できるとは限らない。

好きになる理由というのは、一般には様々な要素からできていて、端的に述べるのが難しい事柄だ。

上手に説明できないからといって、好きという気持ちがもろいわけでもない。

 

評論家になりたいわけでないならば、好きなことに理由なんてつけなくていい。

説明できるだけの理由を組み立ててしまったら、好きな気持ちは冷めるだけだ。

一つのことに熱中する楽しさは、単純な論理では組み立てられない。

そういう、わけのわからないしぶといものだから、物事を継続する原動力になるのだ。