何でもメモをとろうとすると、余計に忘れる

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忘れるからといって、何でもメモをとろうとすると、余計に忘れるんじゃないか。

このことが、最近ようやく実感としてわかりつつある。

 

そもそも、ぼくがメモをとるのは何のためだったのか。

蓄積を残すため、共有のためだった。

人が集まって作業をして、それを繰り返していくのに、何にも文章が残らないのはおかしいんじゃないか。そういう気持ちからだった。

その考えには、今でも意味があると思っている。

けれど、自分の意見をもつことが大事な場面では、考えることをおろそかにしてメモをとっては無駄だ。

 

結局、まともに考えられるのは、見なくてもわかることだけだ。

見ないとわからないと思って記録をしてみたところで、そのことについて理解が深められるわけでもない。

講義で板書丸写しのノートを取っていても、何も覚えられないことはわかっているのだが。

それでも、話し合いの記録などを取ってしまおうとする。

どうもぼくには、記録をすることで考えるのを避けて楽しようとする癖があるようだ。

 

記録をすることは好きだし、別にやめようとは思わない。

ブログを書くことはやめない。

だけど、ちょっと試しにメモを取る行為を減らしていこうと思う。

突き詰めて考える力をつけたいがため。

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