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雑でいいから先にやることを決めると、結果的に良いものが作れる。

人間生きていれば何かをする。食べる。寝る。働く。死んでしまうと何もできない。

小さい頃、一人で箸やスプーンが使えるようになってから、ご飯の食べ方がわからないという経験はないが、今でも仕事の仕方はわからないことはしょっちゅうある。

どうやって成果物を作ればいいのかわからずに、やたらに時間を消費した経験は、誰でもあるのではないだろうか。勉強とか、ものづくりとか、ミーティングとか。

 

全体から細部へ向かうのは簡単だが、逆はそうではない。

最近、すぐにネットで情報を調べてしまうことで、ひとつのタスクに時間をかけすぎてしまう傾向が自分にあることに気づいた。インターネットとは便利なもので、思いついた言葉を入力してページの海を泳いでいるだけで、何かを考えた気になってしまえるのだ。

実際、そうやって最初のリサーチで集めた情報が有効に使われることはあまりない。それもそのはず、そのリサーチには目的がない。目的がないということは終わりがないということと同義で、無限に時間を消費することができる。人生の時間は無情にも有限である。

やること・タスクの明確化をする前に、そのための情報収集を始めてしまいたくなるのは罠だ。何をすべきかをわかりやすくするのはしんどくて、ついリサーチに逃げてしまうのだけれど。

 

最初にタイトルを決めてしまおう。完成版でなくていいから。

やることを明らかにすることのしんどさを乗り越えるコツは、ラフで良いから全体を描くこと、骨組みを組み立てることだ。ブログ記事で言えば、タイトルを決めてしまうこと。

枝に合わせて幹が生えるのではなく、幹に合わせて枝は伸びていく。作ることのできる細部を詰めていっても、一つのものを作り完成させるために何をすべきかは明らかにはならない。「こんなものを作りたいんだ」と軽く人に説明するようなノリで、ざっくりとした仕様・目的・構造を決めてしまう。

実際、この記事もそのように書いている。まず、Twitterで「これは書けるな」という着想を得たら、「何をすべきか決めていない時に、闇雲に情報を集めても無駄になる。雑でいいから先に決める。」というタイトルを決め、3つの節に名前をつけた。

 

生み出す難しさと増やす難しさを分ける

作り始めは雑で良い。

「0から1を作る」のではなくて、「0から0.1を作り、0.1を1にする」。一度で完成版を作ろうとするのは、何度も何度も試し学び続けてきた職人の仕事だ。素人は、まず何でもいいから何か作ってみて、そこからその質を高めていけばいい。

100%の質のアウトプットを一度で作る必要はない。何をすべきか見えていない段階では、とりあえずアウトプットを作ったほうが、時間の節約になって結果的に良いものができる。

実際、ここまで書いてみて、最初につけたタイトルを変更した。「雑でいいから先にやることを決めると、結果的に良いものが作れる。」。全体像を雑に描いて進めて、ラフが完成したら見なおして修正をする。その有効性が確認できた。