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入門書「寝ながら学べる構造主義」を読む前に、僕と構造主義の出会いの話をする

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

今回は、「寝ながら学べる構造主義」の話がしたいのです。

ですが、「構造主義」って言葉に聞き覚えがないと、興味が持ちようがないなと。大学のいくつかの分野をまたぐような、抽象的な話なんですよね。まずは、僕が「構造主義」という言葉に興味を持つに至った話をしていきます。

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僕が構造ということばを聞くようになったきっかけ

数学的な構造

僕が初めて構造(structure)という用語を知ったのは、大学の数学でした。

現代の数学において、「数学的な対象はすべて集合の言葉によって記述される」集合論という考え方があります。これが大学の抽象的な数学の基礎となっています。集合とは、数や関数といった要素を一つに集めたものです

1,2,3…といった数字は、自然数全体の集合\(\mathbb{N}\)の要素であると考えます。そして、自然数全体の集合\(\mathbb{N}\)は、「まず最初に”1″という要素があって」、「任意の自然数に対して、その次の要素があって…」という風に定義されます。(参考:ペアノの公理 – Wikipedia) 数という当たり前のように思えるものを、集合の言葉を使って定義するんですね。

 

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で、構造とは何かという話なのですが、ささっと。

例えば、実数全体の集合\(\mathbb{R}\)を考えます。これには、数学的な構造が入っているんですよね。任意の取り出した二つの実数を「足したり」「かけたり」するという要素間の代数的な操作が用意されています、これは代数的な構造(特に体構造)が入っていると言われます。また、二つの実数の「距離を測る」という要素間の距離的な操作ができます、これは距離的な構造が入っていると言われます。また、二つの実数の「大小を比較する」という順序的な操作が用意されています、これは順序的な構造が入っていると言われます。

このように、集合の中の要素と要素の相互関係を決めるルールが(数学的な)構造です。「集合」と「構造」がセットになったものは、「空間」と呼ばれ、数学のあらゆる分野に登場します。ここに含まれる構造主義的な考え方は、「集合(の要素)が同じであっても、違う構造を持っている場合がある。つまり、数の性質は数そのものではなく数の関係性に帰着されるし、要素の集まりは構造を一つに取り決めない。」というものです。

どの分野の教科書を見ても、だいたいは「まずこんな集合を考えて、こんな構造を入れます、そうすると次のことが言えます……」みたいな流れで展開していきますね。集合と構造の考え方を導入したことで、「別に従来から言われているような数でなくても、集合と構造さえあれば何でも数学の研究の対象になるよね」ということで数学の抽象化・研究対象の一般化が進みました。

僕の大学の専門であった微分方程式も、力学系(dynamical system)と呼ばれる構造的なアプローチで研究していました。微分方程式の一つ一つの解(要素)を調べるのではなく、微分方程式というシステムによって解の全体がどう振る舞っているかを調べる方法です。力学系について、詳しくは長くなるので別の機会に。

このような集合論的・構造的な数学の理解の仕方は、2000年を超える数学史の中では歴史の浅いもので、19世紀後半-20世紀前半に始まったものです(数学の研究では100年はつい最近だと思います)。ヒルベルトによる形式主義、ニコラ・ブルバキによるブルバキズムが影響しています。特に、ブルバキの「数学原論」は、構造の概念を使ってこれまでの数学をすべて書き直した大作で、この流れが現在の大学での数学教育のカリキュラムに影響を与えています。(参考:ニコラ・ブルバキ – Wikipedia

ここまでの歴史的な背景は、数学の教科書にはあまり書かれていません。「定義・定理・証明」の繰り返しが普通です。僕が個人的に数学の歴史を調べるうちに、「集合論・構造という考え方はなんで当たり前になっているんだろう?」と考えて調べた結果でした。

寝ながら学べる構造主義」を読んでから調べて気づいたのですが、ニコラ・ブルバキ20世紀前半のフランスの数学者(集団)なんですね。次に紹介する「構造主義の父」と呼ばれる文化人類学者「レヴィ=ストロース」も、20世紀をフランスで過ごした人物です。

 

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レヴィ=ストロースと構造主義、小倉ヒラクさん

僕が数学で構造という言葉を聞く時は単に「構造」であり、「構造主義」ではありませんでした。「構造主義」そしてレヴィ=ストロースは、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんから知りました。彼は大学の時に文化人類学を学び、レヴィ=ストロースを師として尊敬しています。次のブログ記事で、「構造」の話を学べますね。

参考:レヴィ=ストロースの偉大さとインセスト・タブーの謎について – hirakuogura.com

ヒラクさんの住む山梨での合宿イベント「孤立系ブロガーの集い」に参加させていただいた時の僕のブログ記事が次のものです。この時に彼からレヴィ=ストロースや人文系の学問話を聞いたことが、今でも僕の好奇心の原動力になっている気がします(笑)。

参考:孤立系ブロガーはウェブの記事に新たな信頼をもたらせるか? ー 「孤立系ブロガーの集い」発

レヴィ=ストロースの話を簡単に。彼は、さまざまな先住民に対するフィールドワークの研究をもとに、「親族の基本構造」という本を書きました。

そこで彼は、「親子、兄弟、夫婦の間には自然な感情というものがあって、それにもとづいて親族の制度を作り上げている」という常識的な考え方を構造主義的アプローチで否定します。『男はつらいよ』の中で主人公の「寅さん」は甥の「満男」と親しくなり、兄弟関係も親密ですが、結婚はできません。この感情は彼らが自然に抱いているものではなく、構造によって決まっているのだとするのです。

どんな民族を調べても、「親子、兄弟、姉妹、夫婦」間のありうる「親密さ/疎遠さ」にはたったの4パターンしかないことを彼は突き止めました。その4パターンを、数学の群(ある種の代数的な構造を持った集合)という言葉を使って数学的な構造の話に持っていきました。感情の持ちかたというのは、一人ひとりの人間によって生み出されるのではなく、この構造が生み出すパターンしかないと。これが「親族の基本構造」と言われるわけですね。群論を持ち込んだのは、ストロースの研究に協力した数学者のアンドレ・ヴェイユです。(参考:アンドレ・ヴェイユ著「婚姻法則の諸型についての代数的研究」の解説 

 

親族の基本構造

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人生体験を手に入れると、構造主義を理解ができるようになってくる

まあ、ここまででだいぶ構造主義的な話はしてきました。しかし、すぐに「構造主義がわかったぞ」と何かのみ込めるものではないと思います。

寝ながら学べる構造主義」のあとがきには、こう書かれています。

レヴィ=ストロースは要するに「みんな仲良くしようね」と言っており、バルトは「ことばづかいで人は決まる」と言っており、ラカンは「大人になれよ」と言っており、フーコーは「私はバカが嫌いだ」と言っているのでした。

「なんだ、『そういうこと』が言いたかったのか。」

べつに哲学史の知識がふえたためでも、フランス語読解力がついたためでもありません。馬齢を重ねているうちに、人と仲良くすることのたいせつさも、ことばのむずかしさも、大人になることの必要性も、バカはほんとに困るよね、ということも痛切に思い知らされ、自ずと先賢の教えがしみじみ身にしみるようになったというだけのことです。

著者が若い時に理解できなかった構造主義の話が、特に知識がついたわけではなく、「馬齢を重ねているうちに」わかってしまったのです。何というかちょっと理不尽だなと思いますが、共感します。年の功とかそういう話ではなく、考える材料を手に入れていないと手がかりがない抽象的な話でしょう。「私たちは自分の頭で考えているのではなくて、言葉が思考を可能にしているんだ」というのも構造主義の話として紹介されています。

構造主義など、思想や哲学の話は、とても抽象的で、人生のある段階では理解できなかったりします。わからなくて離れた後に、たくさんの人生体験・思考体験をしてから戻ってくるとすんなりと理解できる。この文章が、「構造主義」、「寝ながら学べる構造主義」に興味を持つ一つの材料になれば嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。