どうも、木村(@kimu3_slime)です。
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」を読みました。
もともとは「ミーム」という言葉の起源を知りたくて読んだのですが、ミームとは関係なく、進化論の話として面白かったです。
現在のネット上においてミームは専らインターネットミームのことを指していて、ネットスラング・テンプレネタ・定型を意味するものとして使われています。
今回は、ドーキンスの進化論の中で、どういった流れでミームという言葉が登場したのかまとめたいと思います。
ダーウィン進化論の分子的・遺伝子的焼き直し
「利己的な遺伝子」は、ダーウィンの進化論を捉え直した本です。
進化論のメインの考え方は、自然淘汰・自然選択説(natural selection)。進化が起こるメカニズムは、環境に合った変異を持った個体が子孫を残すという捉え方です。
キリンの首が伸びたのは、個々のキリンが首を伸ばそうとしたからではなく、たまたま首の長いキリンが生まれ(突然変異)、それが草原での環境に合っていたから生き残ったということ。
ダーウィンが「種の起源」を書いた時期は、メンデルの法則のような遺伝に関することが一般には理解されていませんでした。
ドーキンスは、ダーウィニズムを分子・遺伝子レベルで再解釈したと言えるでしょう。
遺伝子は一種の「自己複製子」
ミームの話に行く前に、ドーキンスの進化論の概要をまとめておきましょう。
人はなぜ存在するのか。地球にはどうやって生命が誕生したのか。その問いに、ドーキンスは「自己複製子(self-replicator)」という概念を使って答えます。
約40億年前、地球には何の生物も存在せず、原始のスープと呼ばれる海が存在したと言われています。
水、二酸化炭素、メタン、アンモニアのような単純な分子はあったでしょう。これらの物質に紫外線や電気火花を当てると、たんぱく質の構成要素であるアミノ酸が作られることが実験室で確認されています。つまり、太陽光や雷によって、アミノ酸のような大きな分子も作られていったわけです。
生命が誕生する以前であっても、世界には安定したものが増えていくのです。
さてそんな原子のスープに、特殊な分子、自らの複製を作れるという分子が生まれました。それを自己複製子と呼ぶことにしましょう。
数億年のうちにたった1個それが生まれただけで、そのコピーは海洋じゅうに急速に広まります。なぜならコピーがまたコピーを生むからです。
人間もそうですが、コピーには誤りがつきものです。現代版の自己複製子であるDNAですら誤りを犯すのですから、最初の自己複製子はなおさらでしょう。
最初の自己複製子をAとしたら、コピーの誤りによってA’やA”が生まれます。どの自己複製子が増えることになるでしょうか?
答えは、最も安定して存在できる自己複製子です。より詳しくいえば、長時間存在する(寿命が長い)か、複製が速い(多産)か、複製が正確な(同種を生み出す率が高い)ものです。こういう特徴を持った自己複製子が増え、そうでないものが減っていくのは明らかですね。
地球の資源は限りあるので、さまざまな自己複製子による資源の奪い合いになりますよね。戦うという意思は持っていないでしょうが、競争していることは事実です。
中には、競争相手となる自己複製子を破壊し、それを利用して自己のコピーを作るタイプも生まれたでしょう。これは原始的な肉食ですね。一方で、自らの周りに壁を作ることで身を守る自己複製子も生まれたでしょう。これが最初の細胞です。
ドーキンスは生き残った自己複製子を、生存機械(survival machine)と形容します。効果的な生存機械を作った自己複製子だけが生き残ったんですね。その生存機械は40億年かけてより大きくなり、生物、人間と呼ばれるものになりました。
植物も、魚も、サルも、人間も、みんな自己複製子(遺伝子)にとっての生存機械なのです。自らが生き残るために作り出されたもの、というわけですね。
私たちに体や心を生み出したのは自己複製子であり、私たちは彼らの生存機械なのだ、という言い方はかなり挑戦的だと思います(笑)。
「人間は機械(ロボット)じゃない!」と言ってくる人は必ずいるでしょうから(実際いたようです)。事実を事実として、やや皮肉のスパイスを効かせて語るドーキンスの文章は面白いですね。
「ミーム」を持ち出した理由
その後「利己的な遺伝子」では、「なぜ利他的に行動する生物がいるのか?」と言った疑問を解きあかしていきます。
例えばミツバチの働きバチは、一度針を刺すと内臓が引き抜けて死んでしまうのです。
その理由は、「遺伝子が利己的に振る舞っているから」という一見逆説的なもので……と、詳しくは本を読んでください。ミームの話に進みましょう。
彼がミームを論じたのは、「自己複製子」という概念が遺伝子だけに当てはまるものではない、ということを伝えるためでした。
つまり、ダーウィン流の進化論が当てはまるものはDNA分子だけではない、範囲の広いものなのだということを示すためにミームを論じました。「自己複製子には他の例も当てはまるかもよ、例えばそれはミームというものだよ」という感じですね。
本書の初めから十章までは、ただ一種の複製子、すなわち遺伝子だけを扱っている。初版の最終章でミームを論じたのは、複製子を一般的に扱おうとするためであり、遺伝子は複製子という重要な類いの唯一のメンバーではないことを示すためだった。人間文化という環境が、ある種のダーウィン流の進み方を示すようなものであるのかどうか、私に確信があるわけではない。
(中略)
私の目的は人間文化についての大理論を作り上げることではなく、遺伝子をそれにふさわしいサイズに小さくすることだった。
引用:利己的な遺伝子 補注 p.510
ドーキンスは、地球における原始のスープと同様に、人間の文化というスープが新しく登場したととらえます。
原始のスープにおける自己複製子は遺伝子(gene)だったので、文化というスープの中にある自己複製子をミーム(meme)と名付けました。
文化をコピーする、すなわち真似る・模倣という言葉を意味する、mimemeというギリシャ語に由来する名前ですね。
ミームの例としては、神という概念、宗教、楽曲、婦人の履いている靴、独身主義、詩、祭りなどが挙げられています。
補注では、ドーキンス自身が「ミームという言葉はよいミームだった」と述べていますね(笑)。
いずれにせよ、ドーキンスのミーム論は「利己的な遺伝子」におけるおまけに過ぎないと思います。
彼が描いたものはスケッチであり、それが話題を呼びましたが、そもそも文化について語る目的のものではないので、(適切な基礎づけをしない限りは)深い話にはならないと思いました。
「ミームから30年:ミームにこだわる必要はもはやない?」と言っている人もいますし。
「ミーム? そんな言葉より、ドーキンスの自己複製子の話が重要じゃん! インターネットミームの話は、ドーキンスとは関係なく気になるけどね!」という感想です。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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