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ハセカラ騒動から何を学ぶべきなのか 「炎上弁護士」を読んで

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

唐澤貴洋弁護士の著書「炎上弁護士 なぜ僕が100万回の殺害予告を受けることになったのか」を読みました。

2010年台のネット文化というものを考える上で、重要な一冊だと思ったので、考えたことを書いていきます。

 

日常的にインターネットを利用しているあらゆる人におすすめしたい一冊

まず、自伝形式でとても読みやすく、炎上の経験談として貴重な本だと思います。

本書で描かれるのは炎上は、「ウェブ炎上」で描かれるようなブログにおける炎上ではなく、匿名掲示板やSNSを中心とした炎上です。こうした意味で、2000年台というよりは2010年台の様相を知ることができます。

炎上の結果どういうことが起こったか。自宅の住所が特定される。仕事場を特定されイタズラされる。Googleのキーワードで名前と共に悪評が並ぶ(サジェスト汚染)。自分の名前を騙られる。爆破予告が行われる。殺害予告が行われる。自分のイラストを使ったシールが全国各地に貼られる。親族の墓にスプレーで落書きされる。Twitterで何百もの偽のアカウントを作られる。炎上の経験者は増えてきましたが、ここまでの被害を受けた個人はそうそういません

彼は弁護士として、被害の大きな事件では犯人を特定します。すると、家庭環境の悪い少年や、ひきこもり・ニートであることが多い。しかし彼自身が高校時代に弟をいじめで亡くし、また高校を中退した経歴を持っていることから、ネットを通じて犯罪行為をした人も更正してほしいと願っています。握手をして別れるくらいで、僕はとても良いことだと思いました。

10人を超える人たちが摘発されていますが、実際に会えば、思うような悪人ではありません。本当の悪人には、厳しい態度を取るべきだと思いますが、ネットで犯罪行為をしている人は、ある種の寂しい人たち。環境が生んだ犯罪なのかなと思っています。だから、彼らに会った時、僕は必ず握手して別れます。

引用:ネットで100万回殺された弁護士、唐澤貴洋「それでも大した問題じゃないと言えますか」 – 弁護士ドットコムNEWS

僕自身も中学・高校生時代は、あまり良い実生活を送れず、それがきっかけでネットの世界にのめり込んでいった経験があります。僕がややニッチなネット文化に興味があるのは、単に面白いからだけでなく、それを楽しむ人々にも興味があるからです。

本書では、唐澤弁護士を含む炎上が今でも続く理由を、こう分析しています。唐澤貴洋という記号を使って、居場所を探している、と。これはある側面では的確な指摘だと思いました。

というわけで、「炎上弁護士」、ぜひ読んでみてください。

 

唐澤弁護士のタレント化への警鐘

さて、ここからが本題。

唐澤弁護士は、メディア露出が増え、若干タレント化してきたのかなと思います。

2018年に入ってからNHKのクローズアップ現代+やAbemaTVでのひろゆきさんとの討論などのテレビ出演やインタビュー記事が増えてきました。また、山本一郎さんと川上量生さんの裁判で、川上さんの弁護を務めることとなっています

僕個人としても、彼は良い人なんだと思えてきます。いわゆる逆さマウスなど、期待を裏切らない面白い振る舞いをしてくれる。

しかしだからこそ、露出が増えたとしても、その内容は批判的に受け止めなければならないと思います。

確かに唐澤弁護士は、ネットに関する法律の専門家です。そして、インターネットでの炎上を経験した当事者であり、同業の弁護士に比べればその事情には通じていると言えるでしょう。

しかし、炎上を広く調査し研究したわけではありません。つまり、法律の専門家ではあっても、炎上の専門家やネットの専門家ではないのです。それを踏まえて彼の話を聞くべきだと思います。

「炎上弁護士」では、「被害者が犯人を特定しやすくする法律を作るべき」「小中学生にはインターネット教育をしてその怖さを伝えなければならない」と言います。

確かに、彼が経験した被害から考えれば、そう言いたくなるのもわかります。しかし強烈な経験があるからといって、それがあらゆる炎上やインターネットの利用に当てはまるわけではないのです。

今後も唐澤弁護士は、メディアで何かしら主張をすることがあると思います。その内容が妥当かどうかは、「良い人そうだから」「弁護士が言ってるから」「炎上経験者が言うから」といったハロー効果に影響されすぎず、慎重に検討すべきではないでしょうか

 

ハセカラ騒動から何を学ぶべきなのか

ここからは、より僕の信条に正直に書くので、憶測や主観が入りすぎているかもしれません。

唐澤弁護士は言います。匿名掲示板における炎上の参加者は、社会的に弱い立場に置かれた人であると。誰でも炎上の可能性があるから、その怖さをリテラシーとして教育すべきだと。

僕はこうしたリテラシーとして、ハセカラ騒動は広く一般の人に知られるべきだと思います。

だから詳しく解説しています:ネットに強い弁護士・唐澤貴洋は、なぜ100万回殺害予告されたのか? ハセカラ騒動を解説

 

問題はそこから何を学ぶべきか、ということです。

ネット上にしか居場所がないからといって、殺害予告をしてはならない。誹謗中傷をしてはならない。それはもちろんです。

僕は、不用意に削除や法的手段に訴えないことだと思います。

「炎上弁護士」では、一貫して彼が正義でネットユーザーが悪という構図で語っていますが、彼に非がないわけではないのです。

その典型的な例が、無差別開示です。

参考:無差別開示 – 唐澤貴洋Wiki

依頼人の少年Hとは関係ない事例で開示を求めたから、2ちゃんねるのユーザーは盛り上がっていってしまったわけです。

誰でも炎上する可能性はあると言いますが、唐澤弁護士の場合はまずここが大きな分岐点であり、ここを強く反省すべきだと僕は思います。

ついカッとなって開示してしまった、ここまでなら仕方のないかもしれません。しかしその後のSNSでの書き込み、Twitter「空の色は何色か」Facebookでの書き込みも、挑発的なものと言えます。唐澤さんは当時は精神的に追い詰められていて、しかたのないことだったかもしれません。

しかしこうしたことを通じて、ちょっとした炎上をした長谷川さんは、結果的に唐澤弁護士を巻き込んで大炎上をしてしまったわけです。依頼人に対する申し訳無さが、「炎上弁護士」ではあまりにも不足していると感じました。プライバシーへの配慮だとしても、長谷川少年に関する記述が少なく、自らの被害の記述が多すぎる。

弱い人のために法律を作ろう。誹謗中傷を許してはならない。それは立派な考え方です。しかしそれが実際に依頼人を守ることにどれだけつながっているのか。その過程で依頼人に大きなリスクを背負わせることにならないか

自らが善で依頼人を守るためにネットユーザーの悪と戦う」という視点によって、依頼人を炎上による二次被害で巻き込まないよう注意を払った方が良いと思います。

 

僕は誹謗中傷に対して、泣き寝入りすべきだとは考えていません殺害予告や悪質なものについては、きちんと法的手段に訴えたほうが良いと思います。

しかし同時に、ネット上でのコミュニケーションにおいて、一方を悪と決めつけることには慎重になった方が良い、とも思います。

「これは悪口だ、消さなければ訴える」それを直接ネット上で発信したら、それは喧嘩になり、炎上になるのは目に見えているのです。

ニコニコ動画の一部には、「消すと増えます」という言葉があります。運営が特定の動画の削除を行うと、熱心はユーザーはそれに対抗して同様の動画をコピーして増殖させるのです。

参考:「頭がパーン」、エア本さん、必須アモト酸とは何か?

インターネット上での差別的表現、いわゆるヘイトスピーチを法的に取り締まるべきか、という話があります。確かにそこで起こる人権侵害は、改善されるべきでしょう。その点は僕も同じなのですが、問題は方法です。発信者を特定しやすくし罰則を強めれば、確かに表向きの表現は減るでしょうが、回避表現は生き残りますし、分断と対立は増すばかりでしょう。

 

僕は法的手段は、誠実なコミュニケーションによって問題が解消できないときの最終手段だと思います。

最終手段となる法整備はもちろんすべきで、そこで唐澤弁護士にはご尽力いただきたいと思っています。しかし同時に、法律によらない解決手段も同様に考えていった方が良いと思います。

差別的表現がある、じゃあそれを規制しよう。居場所のない少年少女がネットで誹謗中傷をしている、じゃあそれを特定して「悪いことだよ」と伝えよう。それは確かに正しい行いかもしれませんが、唯一の解決手段ではないと思うのです。

僕はこのサイトを運営していて、見知らぬ人から攻撃的なコメントやお叱りの言葉をいただくことがあります。(実際僕が悪い笑)

しかし僕はそうしたコメントを寄せる人を、「アンチ」や敵と認定することはありません。まず一度リプライによって対話を試みようとします。すると、意外にも攻撃的な言動がやわらかくなっていくんですよ。

 

誹謗中傷を受けたときに、泣き寝入りしろとも、法的手段に訴えるなとは言いません。事実無根の悪評を流されては困ります。しかし悪評を流しているのは、同じく人間です。丁寧にコミュニケーションを取り、関係性を改善する手段もある。逆に、最初からコミュニケーションを放棄すれば炎上しやすくなる。そんな可能性も考えて良いのではないでしょうか。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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